2012年8月11日土曜日

30年ぶりのUターンは誰にも感謝されない!

富山駅の北口は昔に比べ発展しています。
駅から海の方へ真っすぐ道が延びています。

港の方に向けての交通網が発達しています。これがポートラムという路面電車。

北日本放送(KNB)の社屋ですね。

その少し先に大きな体育館が出来てました。いやいつ出来たのか詳しく知りません。

いたち川に架かる湊入船橋の上からインテックという企業のビル、右手はKNBです。

富岩運河冠水公園というきれいな公園がありました。

しばらくすると上のアーチのようなところから水のカーテンが水面に向かって流れ出しました。
この日近くにあった富山Uターンフェスというのがあったんだけど……。
Welcomeは来春大学卒業予定の地元出身者でした!

2012年7月29日日曜日

続、電気工事2種

6月3日の筆記試験に続き、7月28日実技試験を受けてきました。


TXの浅草駅から浅草寺を抜けると都立産業貿易センター台東館というのがあって、そこでおこなわれました。

筆記の時は豊洲の芝浦工大でしたが、こちらも浅草寺に集まる観光客に混じって、スカイツリーを眺めながら、ゆっくりしたいという気分にかられました。

試験問題は、事前に13問の候補を発表していて、どれが出るのかが注目だったわけです。28日と29日にわたって行われ、多分前日の方が簡単な課題になるんじゃないかという噂を鵜呑みにしてたので、今回課題6番が出たときはやや動揺を隠しきれませんでした。

何が嫌いかというと、2㎜3芯のVVFが使われてるんです。購入したHOZANのストリッパーには対応してないので、ナイフを使わざるを得なくなるんです。

しかしながら、何とか時間内に完成させることはできましたし、これと言ってミスをした箇所もないとおもわれます。多分大丈夫かと……9月6日には分かりますが。

2012年7月22日日曜日

MACの想い出29「MIDI-1-」

1999年、EZヴィジョンというソフトを購入した頃は、DTM(デスクトップミュージック)といえばMIDIが主流だったのではないだろうか。

まだ音楽圧縮技術がそれほど進んでなかったし、ブロードバンドの普及率も低かったから、容量の小さいMIDIファイルは重宝したのだ。

ホームページを開くと音楽が流れる……なんていうのも、HTMLにMIDIを埋め込んだりしてた。またそのためのジャバスクリプトも覚えたし、ブラウザのIEやネスケでの違いを考慮したり……と今ではあまり気にしない事に気を使っていた。

まあ、とにかくEZヴィジョンでMIDIを作成し、ホームページで流す、っていうそんな作業を当時はしてたわけですよ。

そんな時にこんなことが!

2001年6月28日

著作権

7月1日から、著作権のある曲をホームページなどで使用する場合、当局に使用料を納めなくては行けない。MP3なら音質的にCD同等になるという理由があるが、なんと! MIDIもその対象となるとのこと。
 ASPHERIC DREAMはALLオリジナルなので問題ないが、ALTVENRY'S WHO PAGESと想い出のPOPSは、引っかかりますな。何とかせねば!
 ALTVENRY'S WHO PAGESと想い出のPOPSは人気のサイトだけに、BGMがないのは少し辛いです。まあオリジナル曲にしてしまえば、いいのでしょうが、何の関連もない曲だとイメージダウンになりかねません。


ジャスラックの台頭?!

さらにクイックタイム5のMIDI離れとかあったので、これ以降MIDIは私にとって下降の一途をたどるわけである。

2012年7月20日金曜日

富山から守谷へ

またも強行軍、お昼に立山インターに入って、名立谷浜一服、上越ジャンクションで上信越道に入って松代で一服、横川で遅いお昼を食べて、藤岡ジャンクションで関越道に入る。寄居で一服、そして鶴ヶ島ジャンクションで圏央道に入る。これが完成していれば、つくば方面まで来るから、ものすごい時短になるのに……。

取りあえず出来ている桶川北本インターで降りる。時間も夕方の帰宅ラッシュに重なる最悪の条件だったのだが、17号と16号が滅茶苦茶混んでいた。16号も流れ出せば、落ち着くのだが……。行きと同じように目吹大橋を渡り、県道3号線を通って我が家へ。

到着7時半でした。渋滞がなければ1時間は早かったはずなのに……。

2012年7月18日水曜日

東京百景40「府中駅南口ビリヤード場」

前回の予告通り、またしても府中である。
1987年7月入社して最初の正式な所属店が府中だった。

その前にバイトしてた世界堂の頃から、その傾向はあったのだが、ビリヤードがたいへん流行っていた。多分1986年公開された映画「ハスラー2」の影響が大なのだが、その頃は、「ハスラー」とか「ハスラー2」に関する知識はなく、ただナインボールというポケットビリヤードがえらく面白かった。

府中駅の南口にビリヤード場が数件あった。プールバーというお洒落なものでなく、いわゆる卓球場のノリに近かった。

入社の翌年だから1988年だったか、3人いた社員の1名が暮れに辞めて、F店長と2名という布陣になった。私がまだ研修生上がりだったから、よく本社から応援が来ていた。

なかなか本社の応援もたいへんだったということか、アルバイトを数名募集した。男女1名ずつだったか。二人とも大学生だったから6歳くらいは年下なんだが、けっこうしっかりしていた。

その男子アルバイトの子と店が終わってから、よくビリヤード場に行って楽しんだ。

ちなみに女子アルバイトとも食事に行ったりしたが、残念ながら彼氏がいたので、それ以上の付き合いはなかった。

2012年7月17日火曜日

東京百景39「京王線府中駅北口」

あえて北口としたのは、以降数回登場するであろう府中という場所への布石である。初めて訪れる事になったのは、1987年某眼鏡店に入社して、大田区蒲田での研修を終え、最初に派遣された店舗が府中の駅前店だったからだ。

正確には、研修期間が3ヶ月だったので、府中にいても研修生という肩書きはそのままだった。

とにかく24年続く眼鏡屋人生の出だしだった。
この府中の店舗も私の入社の1ヶ月前オープンだったので、新しかった。
そこの初代店長のF氏に会っていなければ24年も続かなかったかもしれない。

F氏には1年お世話になった。社内でも実力者だった彼が退職したあとの人事異動は大きかった。

2012年7月16日月曜日

電気工事士2種

まさか半世紀を過ぎたこの年で、電工2種を受けるとは思わなかった。

おかげさまで、6月3日芝浦工大まで赴いて筆記試験を受けたが、7月5日に合格通知が届いた。答え合わせをしていたので合格だとは思っていたが、通知をもらうと嬉しい。

そして待ち受けるは、28日の実技試験となったわけだ。